市川光山窯の市川浩二さん 五代市川卯兵衛襲名展 6日まで(9月1日)
2026.9.2 Wed
大川内山にある市川光山窯の社長、市川浩二(いちかわ こうじ)さんが、市川家に代々伝わる「市川卯兵衛(うひょうえ)」の名前を継承し、その襲名展がいま、九州陶磁文化館で開かれています。

オープニングセレモニーには、古川康(ふるかわ やすし)衆議院議員や県陶磁器工業協同組合の代表ら約15人が参加しました。

(市川さんあいさつ)
「単に名前を受け継ぐだけでなく、次の時代へ受け継ぐこと」

大川内山にある市川光山窯は、鍋島藩の御用窯だった歴史があり、代々、その高い技術が継承されてきました。

現在の市川光山窯の社長、市川浩二さんは、平成5年に先代から「光山」の名前を引き継ぎ作陶にあたっていました。
下絵付け、上絵付け、ロクロの3つの伝統工芸士と一級技能資格を持ち、現代の名工にも選ばれています。

今回襲名した「卯兵衛(うひょうえ)」という名は、明治の廃藩置県の時に藩主(はんしゅ)から細工場(さいくば)を引き継いだ先祖という言い伝えが市川家にありました。

浩二さんは真相を知りたいと、九州陶磁文化館の鈴田由紀夫(すずた ゆきお)館長に調査を依頼。
8年の調査の結果、文献も見つかり、言い伝えが正しいことが分かりました。

「卯兵衛」の名前はその子や孫へと引き継がれていることもわかりましたが、浩二さんの父にあたる先代の光雄(みつお)さんについては、戦時中ということから名前を継がなかったのではないかと考えられています。

しかし、浩二さんは、「卯兵衛」の名前を残すべきだと考え、五代目となる「卯兵衛」を名乗ることしました。

(五代 市川卯兵衛さん)
「市川家の歴史を調べていくと卯兵衛の名前が出てきた。代々残していった方がいいと思って名乗ることにした。江戸末期に殿さまから譲渡されてずっと市川家が守ってきた。歴史をかみしめながら鍋島焼が栄えるように襲名してがんばっていきたい。」

襲名展には、五代市川卯兵衛さんや先代の市川光雄さんの作品のほか、市川家に伝わる江戸時代の絵図、そして2代目卯兵衛の重助(じゅうすけ)さんが明治10年に日本初の勧業博覧会で鳳紋賞を受賞した作品と同じ作品など貴重なものが並んでいます。

(五代 市川卯兵衛さん)
「市川家の歴史がわかる展示になっている。今後は卯兵衛として鍋島の歴史的技術を守りながらも現代にあう新しい鍋島焼にも挑戦していきたい」

「五代市川卯兵衛襲名展」は、9月6日まで九州陶磁文化館で開かれています。